山田太一グラフィティ(10)

1964年

木下監督は松竹を辞めたあとテレビの世界へ。

同行した山田さんもテレビライターへの道を歩み始めます。

こうして脚本家山田太一が起動します。

 

1964年は木下さんにとっても、山田さんにとっても、やがて発生する山田ファンにとってもエポックとなる年だったのだと思います。