山田太一グラフィティ(173)

サライ」2012.年12月号

結婚51年目。

久方ぶりのツーショット写真。

 

この写真にて、ひとまず「山田太一グラフィティ」おしまいです。

173回にわたって掲載した雑誌の写真、ビデオのスナップも、原本はいずれ私の死亡とともに、ゴミとして処分される運命にあります。

もちろん譲り受けたいという山田ファンの方もおられますが、残念ながら私と同世代で、すぐに始末に困ってしまうことは明らかです。もっと若い方なら長らく保存してもらえるかもしれませんが、残念ながらそんな出会いもなく、ヤフーオークションに出品するというマメさもありませんので、ビデオ、著作、関連本、たくさんの物がゴミとなります。

そこでほんのひとときかも知れないけど、思い出を共有できればと思い、限られた範囲で連載いたしました。

山田太一グラフィティ(169)

2015年

横浜市の介護組織機関紙に登場。

筋金入りの山田ファンがこの組織におられ、山田さんの講演会などを主催しておられたとのこと。その縁でインタビューとなったのでしょうか。

https://www.hama-wel.or.jp/uploads/2015_3.pdf

 

山田太一グラフィティ(167)

2015年

2015年2月8日四国徳島北島町立図書館創世ホール山田太一講演会。

 

「『早春スケッチブック』がめざしたもの」と題して講演。

 

四国在住「早春スケッチブック」ファンの熱心な要望で講演会が実現しました。

放送から32年経ったというのに、そんな題材で講演やってもお客さん来ないだろうなんて心配した山田さんでしたが、驚くほどたくさんのファンが集まり、熱のある講演会となりました。

講演会というより、MCとのトークショーという趣でした。

(私は録画で観ることができました)

山田太一グラフィティ(165)

2014

東芝日曜劇場「おやじの背中」という企画を、全10話オムニバスで毎回違う作家が書くと言う珍しいドラマ。その中の1話として作られる。

実人生でも本当の親子になる予定の渡辺謙東出昌大が共演しました。

 

 

 

山田太一グラフィティ(163)

2014年7月13日「西部邁ゼミナール」(TOKYO MX)

荒井晴彦氏は山田さんに弟子にしてくれと申し込んだという話があります。

うんと若いころではなく、すでに映画監督、脚本家、「映画芸術」の編集長として活躍されている頃です。しゃれじゃなくて本気だったらしいです。

山田さん、丁重にお断りになった。

映画人の持っている芸術観を批判していた山田さんが、映画人のセオリーに染まり切った荒井晴彦氏に、いかに自分のファンだと言われたところで、戸惑われたことでしょう。しかも、モノを書くということは徒弟制度ではない。どういう意図だったのでしょう?今も不思議に思います。