山田太一グラフィティ(59)
[山田]
ことわっておくが
前で悩んでいるのではない。
ここで自分をごまかしたら
文学もなにもない、と思っている。
とにかく寂しい。
いきなり身をまかしている
ような奴等は総じて元気だ。
しかしていかにも安っぽい。
あの安っぽさに
僕は慣れないだろう。
昨夜はその恋心がしだいに本物になってきたことを白状した。
[寺山]
手紙ありがとう。
君の変貌ぶりは
僕を驚かすのに充分だった。
変貌がそのまま成長だとは
思わないが
君の勉強ぶりは
僕をはるかにしのいでいた。
しかしふいに僕は
何か途方もないところにいる
君を感じることがある。
君はAさんが目をくらまされている、と言い
引き出してやる、と言い
ながら
いつのまにかその逆に
引き込まれそうなのだ。
窓を開けると蛾が入ってきた。
よく見ると濡れていない。
僕は雨の中を濡れないで飛ぶ事のできる蛾をしばらく見ていた。